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舌癌になって・・・リハビリ4 [病]

昨日からやっと栄養の経口摂取リハビリがスタートしました。
最初に出てきたのは小さなプリン。
慎重に食べたせいもありますが10分ぐらいで完食することができました。
続いてゼリー。こちらは5分程度で完食。両方とも特にむせるようなこともなく食べきることができました。
これに調子ずいて独断でアイスクリームを買ってきて食べてみたのですが、これには思いのほか苦戦しました。
普通のハーゲンダッツカップなのですが食べきるまで40分ぐらいかかってしまいました。
プリンと違い舌の上で融かす作業が思ったより難しい。
舌の半分以上がただの筋肉で、それを残った部分でコントロールしようとするのが・・・あらためてその難しさを知りました。今後の様々な手間を考えると一般と同じ食事を摂れるようになることが目標ですが、苦戦が予想されそうです。
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舌癌になって・・・リハビリ3 [病]

昨日より経口飲水がはじまりました。
昨年12月25日以来ですから約1ヶ月半ぶりの口から摂取となります。
まだまだ少しづつですが、経口に問題はありません。
もちろん舌の半分は移植した筋肉なので神経はありませんし味覚もありません。
残った半分でそれをコントロールする”コツ”を体得していくことが今後の課題になります。

しかし飲水がすんなりいったことで弾みになりこのあとの食物摂取もうまくいってくれるといいのだが。
22日父の四十九日までに退院することも夢ではないかもしれない。

DSC_0090.JPG

写真は現在の病室から見える景色。
病院自体が丘の上にあり、さらに病室が9階なので眺めは良い。



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舌癌になって・・・リハビリ2 [病]

病院暮らしも山を越えると途端に退屈が支配し始めます。
白血病の時には一日一冊ペースで読んでいた本ですが、今回はまったくと言っていいほど読む気力が出ません。
老眼も関係しているかもしれませんが、興味がまったく湧いてこないと言う方が近いかな。

検査や診察の予定もない日は一日横になりただボーッとしているか、思い出したようにDVDを観てみたり、絵コンテのようなものを書きかけてはすぐやめてみたり・・・充実感とは無縁な怠惰な日々のくりかえしです。
まぁ病院で充実感もないだろうけれど、「あぁ、また無為な一日を過ごしてしまったな・・・」という後悔すらしなくなっている自分に気がついた時には少々焦ります。
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舌癌になって・・・リハビリ1 [病]

火曜日から見守り(医師の立ち会い)のもと第一段階のうがいの練習、翌日にはこの一ヶ月半ずっとつけられていた手術あとのガーゼも全てなくなりました。
言葉もた行の発音がまるでできない。元々滑舌は良い方ではなかったが今は永六輔を数段滑舌悪くしたぐらいだろうか。「しぇき ごえ のろ に あさらあめ」といった調子である。
医師は今後た行の発音もできるようになると言っていたが果たして・・・いや医師を信じよう。
以前の白血病の時もそうだったが、このクラスの病になると私なんかの知識ではどうにもならない。すべて医師を信頼して全ておまかせするというのが私の病への臨み方だ。だからどんなに辛い検査でも拒まない。

今いる病棟は、口腔外科と脳外科の患者が半々収容されている。私がいるのは4人部屋。
脳外科の入院患者はほとんどがカテーテル治療の人が多くそのほとんどが一週間ほどで退院してしまいます。
そうそう脳外科の人に共通するのは全員いびきがすごいこと。耳栓しなけりゃとてもじゃないが寝られない。いびきと脳は何か関係があるのだろうな。

今月22日が父の四十九日と納骨となった。
医師からは既に外出許可は出ているが、問題は径管だ。この鼻から栄養を送っている管を何とか抜きたいのだが22日までに口からある程度の摂取ができるようになっていなければそれも難しい。
朝外して外出、帰ってからふたたび装管でもいいのだが、できればスッキリして出かけたい。
まぁこれも焦ってもしかたない、ゆっくり前進していくしかないと思っています。



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舌癌になって・・・入院40日 2月突入 [病]

今日から2月。

昨年12月19日に入院してから44日、一ヶ月半が経過した。
人生初めての全身麻酔外科手術をこの間2度経験したせいか自分では時間の経過が早かったなと感じる。
今は術後ずっとつけられていた点滴のラインも外れ傷の経過を見ている時期でリハビリ等もまだ始まってはいない。
ある意味一番退屈な時かもしれない。

舌の膨満感も少しづつ引いてきている様に感じる。

今後の不安としては飲食がどこまで復活できるか。
飲の方は現在でも唾を飲み込むことができているのでそれほど不安はないのだが、食の方は不安が一杯である。
第1回の手術後ずっと径管栄養で胃に直接管で流し込む形で口からは一切接種していない、というかできない状況が続いていた。第2回手術で皮弁を切り離し、一応全ての外科的な措置は終えた訳だが現在の舌の感覚は健康なときとは比べ物にならないくらい動かないからだ。
まだ術後一週間も経っていないので今後も変化はあるのかもしれないが、もし今の状態で落ち着くのであれば固形物を食べるのはかなり厳しいと感じる。

まだ不安の域ではあるが今後の経過を待つしか道はない。
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舌癌になって・・・第2回手術後 [病]

皮弁切り離し手術が終わった。
12時〜5時までの5時間。
手術室で抜管されそのまま病室のベットへ。
心電図モニターや酸素飽和度モニター、足にはエコノミー症候群防止のエアーポンプ、腕には点滴とコード管だらけで身動きがとれない。次の日の朝までこの状態で過ごす。寝返りもままならず一睡もできず。
朝になり点滴以外の装置は外され、歩行テストも問題なしで立ち上がり歩くことができるようになった。
術後の舌の状態は何だか口一杯に舌が充満している感じで、今は違和感ありまくり。
手術室の感想のせいか唇がカピカピで痛い。胸も皮弁切り離し後の筋肉を戻して整形してあり、今はどちらかというとこちらの方が痛みが多少ある。

これからはリハビリ。辛いものになるかもしれない・・・




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舌癌になって・・・第2回手術 [病]

明日27日に第2回の手術が行われます。皮弁の切り離しと舌の整形。

これがうまくいけば、後はひたすら飲食のリハビリ。
問題なく終わってくれることをひたすら祈るのみである。

兄からの報告では、母は施設をたらい回しの状態のようだ。つくづく居住地(四街道市)の福祉の弱さを痛感する。


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舌癌になって・・・別れ [病]

父の訃報を聞き、情報の少なさに苛立ちながら、当初は葬儀へ参加する方向で医師へ外出許可を出していた。数日して許可自体は下りたのだが、医師から「感染リスクがあり、最悪の場合は予定されている2回目の手術ができなくなってしまうこともあり得る」との説明。「自己責任で」と釘を刺された。
確かに父へは直接会って詫びたい気持ちはあふれそうにあるのだが、冷静になって考えると私にはまだ母がいるのだということに気づく。
今はデイサービスで利用していた施設に特別扱いでお世話になっている母。
この母を一日も早く退院し迎えに行ってやることが最優先ではないのか・・・
そのためには、体調を万全にしておく必要があり、感染リスクは極力避けたい。
考えてみれば、今無菌室にいるわけでもなく見舞い客も自由に出入りし外来へも検査と称して行かされている現状なのだから病院にいたって感染リスクがなくなる訳でもないが外よりは少しはましだろう。
父もきっと分かってくれると信じたい。
父へは手紙を託すことにする。孤独死させてしまったことへの謝罪と母のこと心配しないように、そして感謝。
伝わると信じて・・・

16日が通夜。17日が告別式・出棺。
さようならお父さん。本当にありがとう。
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舌癌になって・・・父の孤独死 [病]

2014年1月8日(水)午後から冷たい雨の降る寒い日。
父が死んだ。風呂場での孤独死。
私が舌癌の治療の真っ最中に・・・

兄から夕方5時半頃電話があり、 デイサービスから戻った母を出迎えず応答がないとのこと。
そのときすぐに風呂が思い浮かんだ。

そしてジリジリと連絡を待ち続けたが入院中の身では待つことしかできない。8時を過ぎても連絡はない。今手術の影響で喋ることができないが、8時半に兄の携帯に電話を。

兄嫁が電話に出た。口ごもる。兄を呼ぶ声が電話から遠ざかる。
ふいに母がでる。そして「昭典・・昭典・お父さんいないよ。」
一瞬、行方不明なのかと思う。
「昭典・・昭典・・お父さん死んだよ」
「・・そう・・・・・・大丈夫お母さんは大丈夫・・」
と問いかけるが聞こえなかったようだ。
やっと兄が電話に、風呂場の浴槽で亡くなっていたそうだ・・・
兄も泣いている。

結局、兄は鍵で開けることを断念し警察へ電話。ガラスをやぶって中に入ってもらい風呂場の父を発見したようだ。
父はデイサービスに母を送り出した後、10時頃には風呂に入ったのだと思う。

この水曜日の危険性はわかっていたのだ。母の送り出し以後7時間あまり父が独りになる時間ができること。
もし私が入院などせずに居れば、水曜日は母を送り出した後に父と一週間分の食料の買い出しへ出かけていたはずだ。それが普段の習慣だった。そして帰り中華そばやでラーメンを食べて帰宅する。
メニューを見てもよく見えないせいか「またいつもの塩ラーメン?」と注文を聞いた時の少し照れたような父の笑顔・・・
もし私が入院などしなければ少なくても1月は過ごすことができたのではないか・・・・
当初の入院予定は1月末だったのだから・・・
まさに最悪の結果になってしまった。

危険性を知りながら放置した後悔と父への申し訳なさで一杯で・・・

今はただただ直接謝りたい。
兄からは警察の検死と葬儀屋が混んでいるのとで葬儀は来週末となりそうとの連絡がありました。

幸いというか、本日(11日)に短時間の外出の許可が主治医より正式にでました。
もちろん現在皮弁が露出した状態なので積極的な許可ではありません。他の理由では許可にはならないはずで特別な措置です。

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舌癌になって・・・第1回手術後 [病]

手術後、順調に過ごしている。
とは言うものの、飲食は全て胃への径管流入。顎も自由には動かせないし、それにともない腕も自由には動かない。マイケルのスリラーに出てくるゾンビを想像していただくのが一番イメージし易いかもしれない。口の中は切除し再建した舌が大きく盛り上がるように膨らんでいて会話はできない。
できても「アー、ウー」だ。
何日に一度タオルの洗濯ぐらいでできることと言えばこのパソコンをいじることとテレビをボンヤリながめていることぐらい。手が自由にならないと読書も辛い。
朝パソコンを起ち上げ、メールのチェック(ほぼメルマガや宣伝のみだが)。
朝の径管飲食と抗生剤の点滴。テレビで興味を引くものがあればボーっと過ごし、昼の径管飲食。
午後はテレビまたは持ち込んだDVD。パソコンいじりで過ごし、夜の径管飲食と抗生剤の点滴。
その後はまたテレビかパソコン。9時に消灯。消灯後までテレビを見るようなことはまずない。
23時に抗生剤の点滴があり、朝までは就寝。
朝は大概5時台には目が覚めてしまう。

以前の白血病の時のように読書三昧や映画(DVD)三昧という訳には今回はいっていない。
充実感とはほど遠い日々の繰り返し・・・これが今の日常である。
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