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舌癌になって・・・第2回手術後 [病]

皮弁切り離し手術が終わった。
12時〜5時までの5時間。
手術室で抜管されそのまま病室のベットへ。
心電図モニターや酸素飽和度モニター、足にはエコノミー症候群防止のエアーポンプ、腕には点滴とコード管だらけで身動きがとれない。次の日の朝までこの状態で過ごす。寝返りもままならず一睡もできず。
朝になり点滴以外の装置は外され、歩行テストも問題なしで立ち上がり歩くことができるようになった。
術後の舌の状態は何だか口一杯に舌が充満している感じで、今は違和感ありまくり。
手術室の感想のせいか唇がカピカピで痛い。胸も皮弁切り離し後の筋肉を戻して整形してあり、今はどちらかというとこちらの方が痛みが多少ある。

これからはリハビリ。辛いものになるかもしれない・・・




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舌癌になって・・・第2回手術 [病]

明日27日に第2回の手術が行われます。皮弁の切り離しと舌の整形

これがうまくいけば、後はひたすら飲食のリハビリ。
問題なく終わってくれることをひたすら祈るのみである。

兄からの報告では、母は施設をたらい回しの状態のようだ。つくづく居住地(四街道市)の福祉の弱さを痛感する。


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舌癌になって・・・別れ [病]

父の訃報を聞き、情報の少なさに苛立ちながら、当初は葬儀へ参加する方向で医師へ外出許可を出していた。数日して許可自体は下りたのだが、医師から「感染リスクがあり、最悪の場合は予定されている2回目の手術ができなくなってしまうこともあり得る」との説明。「自己責任で」と釘を刺された。
確かに父へは直接会って詫びたい気持ちはあふれそうにあるのだが、冷静になって考えると私にはまだ母がいるのだということに気づく。
今はデイサービスで利用していた施設に特別扱いでお世話になっている母。
この母を一日も早く退院し迎えに行ってやることが最優先ではないのか・・・
そのためには、体調を万全にしておく必要があり、感染リスクは極力避けたい。
考えてみれば、今無菌室にいるわけでもなく見舞い客も自由に出入りし外来へも検査と称して行かされている現状なのだから病院にいたって感染リスクがなくなる訳でもないが外よりは少しはましだろう。
父もきっと分かってくれると信じたい。
父へは手紙を託すことにする。孤独死させてしまったことへの謝罪と母のこと心配しないように、そして感謝。
伝わると信じて・・・

16日が通夜。17日が告別式・出棺。
さようならお父さん。本当にありがとう。
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舌癌になって・・・父の孤独死 [病]

2014年1月8日(水)午後から冷たい雨の降る寒い日。
父が死んだ。風呂場での孤独死。
私が舌癌の治療の真っ最中に・・・

兄から夕方5時半頃電話があり、 デイサービスから戻った母を出迎えず応答がないとのこと。
そのときすぐに風呂が思い浮かんだ。

そしてジリジリと連絡を待ち続けたが入院中の身では待つことしかできない。8時を過ぎても連絡はない。今手術の影響で喋ることができないが、8時半に兄の携帯に電話を。

兄嫁が電話に出た。口ごもる。兄を呼ぶ声が電話から遠ざかる。
ふいに母がでる。そして「昭典・・昭典・お父さんいないよ。」
一瞬、行方不明なのかと思う。
「昭典・・昭典・・お父さん死んだよ」
「・・そう・・・・・・大丈夫お母さんは大丈夫・・」
と問いかけるが聞こえなかったようだ。
やっと兄が電話に、風呂場の浴槽で亡くなっていたそうだ・・・
兄も泣いている。

結局、兄は鍵で開けることを断念し警察へ電話。ガラスをやぶって中に入ってもらい風呂場の父を発見したようだ。
父はデイサービスに母を送り出した後、10時頃には風呂に入ったのだと思う。

この水曜日の危険性はわかっていたのだ。母の送り出し以後7時間あまり父が独りになる時間ができること。
もし私が入院などせずに居れば、水曜日は母を送り出した後に父と一週間分の食料の買い出しへ出かけていたはずだ。それが普段の習慣だった。そして帰り中華そばやでラーメンを食べて帰宅する。
メニューを見てもよく見えないせいか「またいつもの塩ラーメン?」と注文を聞いた時の少し照れたような父の笑顔・・・
もし私が入院などしなければ少なくても1月は過ごすことができたのではないか・・・・
当初の入院予定は1月末だったのだから・・・
まさに最悪の結果になってしまった。

危険性を知りながら放置した後悔と父への申し訳なさで一杯で・・・

今はただただ直接謝りたい。
兄からは警察の検死と葬儀屋が混んでいるのとで葬儀は来週末となりそうとの連絡がありました。

幸いというか、本日(11日)に短時間の外出の許可が主治医より正式にでました。
もちろん現在皮弁が露出した状態なので積極的な許可ではありません。他の理由では許可にはならないはずで特別な措置です。

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舌癌になって・・・第1回手術後 [病]

手術後、順調に過ごしている。
とは言うものの、飲食は全て胃への径管流入。顎も自由には動かせないし、それにともない腕も自由には動かない。マイケルのスリラーに出てくるゾンビを想像していただくのが一番イメージし易いかもしれない。口の中は切除し再建した舌が大きく盛り上がるように膨らんでいて会話はできない。
できても「アー、ウー」だ。
何日に一度タオルの洗濯ぐらいでできることと言えばこのパソコンをいじることとテレビをボンヤリながめていることぐらい。手が自由にならないと読書も辛い。
朝パソコンを起ち上げ、メールのチェック(ほぼメルマガや宣伝のみだが)。
朝の径管飲食と抗生剤の点滴。テレビで興味を引くものがあればボーっと過ごし、昼の径管飲食。
午後はテレビまたは持ち込んだDVD。パソコンいじりで過ごし、夜の径管飲食と抗生剤の点滴。
その後はまたテレビかパソコン。9時に消灯。消灯後までテレビを見るようなことはまずない。
23時に抗生剤の点滴があり、朝までは就寝。
朝は大概5時台には目が覚めてしまう。

以前の白血病の時のように読書三昧や映画(DVD)三昧という訳には今回はいっていない。
充実感とはほど遠い日々の繰り返し・・・これが今の日常である。
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舌癌になって・・・第1回手術 [病]

12月25日手術当日、朝8時過ぎに手術室へ入る。
氏名や病気の部分などを確認の意味も含めて聞かれすぐ手術台へ、麻酔が準備され「1、2、3・・・」ぐらいで意識はなくなったようだ。10時間後。一瞬記憶が戻ったのがICUを立ち去る兄の姿だったように記憶している。
翌日26日の午前中、あらゆる装置につながれた自分がICUにいることがはっきりと認識できた。
昼過ぎには抜菅され、病室へ戻ってきた。個室である。
今回受けた手術とは胸三角筋皮弁を使った再建術。と言っても素人にはチンプンカンプンであろう。
要するに、切除した舌の部分を補うために胸の筋肉を一時的に取り出し、引っぱり上げる形であご舌から舌の再健部へ導き縫合。胸の筋肉が外に露出した形数週間過ごさなければならず。
この皮弁がくっついたことを確認してから再度手術にてこの皮弁を切り離す手術を受ける。
つまり後一回は手術を受けなければならないわけだ。
手術の詳しい説明は
http://www.jshnc.umin.ne.jp/general/section_04.html
で。
これを記述しているのは2014年1月3日。
術後、一週間と少し経っている。
普段動かなければ痛みや不具合もないのだが、寝返りや首を極端に右に向けることができない。
寝ていてもそうなので結構体がしんどい。それと毎朝取り替える患部のガーゼが張り付いてしまい、毎回患部から剥がす際に痛みをともなうこと。
そしてもちろんではあるが後遺症もかなり残ると思われること。
それから覆う部分が比較的動く部分なのですぐに患部が露出してしまうこと。
自分はいいが知らない人が見たら驚くだろう。なんせ顎の下から幅5〜6センチの筋肉がぶら下がっているのだから。ホラーですよこれは。

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